火の神・台所の神 荒神さん

荒神信仰は家内安全、商売繁昌、厄除開運などの現世利益をもたらします。ようこそお詣りください。

ハイビジョンDVD「西の谷をわたる調べ~清荒神清澄寺の四季を巡りて~」

清荒神清澄寺からのお知らせ

行事案内
2014年12月27日(土)・28日(日)
納三宝荒神大祭

2015年1月1日(木)~3日(土)
新年祝祷三宝大祭
鉄斎美術館展覧会 2014年9月9日(火)~11月30日(日)
富岡鉄斎没後90年「鉄斎-書簡が語る名作秘話-」を開催いたします。
第3回 聖光文庫文化講座 2014年12月7日(日)
第3回聖光文庫文化講座を開催いたします。
史料館特別展 2014年10月01日(水)~12月28日(日)
第二十五回テーマ 「清澄寺史 -時代の変遷-」
三宝荒神御尊影(おふだ)の祀り方
ご家庭でのおふだの祀り方について動画でご紹介しています。
その他お知らせ
定期路線バスが日・祝日のみ運行しています。JR宝塚駅から清荒神駐車場までを往復します。(途中、歌劇場前・御殿山2丁目に停車)

動画で観る清荒神清澄寺

清荒神清澄寺の縁起

清荒神清澄寺

清荒神清澄寺は平安時代の初め、宇多天皇の創意による理想の鎮護国家、すなわち諸国との善隣友好を深め戦争のない平和社会、万民豊楽の世界を開く勅願寺の一つとして創建されました。天皇は讃岐国の名工、定円法眼に命じて曼陀華の香木で本尊大日如来像を刻ませ、寛平8年(896)に、叡山の高僧静観僧正を迎え、開山の祖としました。

当時は猪名の平野や武庫の浦が一望に見渡せる旧清と呼ばれる山の尾根に清澄寺を、そして西の谷に鎮守神として三宝荒神社を祀りました。山号である蓬莱山の由来とする現在の長尾山系の七嶺七渓に、七堂七十二坊の荘厳な伽藍を造営し、宇多天皇より日本第一清荒神の称号を与えられ蓬莱山清澄寺としておおよそ300年栄えました。

その後、平安時代末期の源平合戦や、天正年間の荒木村重の乱などの戦火により何度も焼失しましたが、荒神社のみはいずれも難を免れ、やがて清澄寺も西の谷である今の地に再建され、江戸時代末期、一代の名僧浄界和上の諸堂再興により現在の山容が形づくられ伽藍が発祥しました。

浄界和上の諸堂再興に続き、先々代 第37世法主 光浄和上に至り寺運ようやく開け、昭和22年「三宝三福」の教理に基づく真言三宝宗を開き、荒神信仰の総本山清荒神清澄寺として新しく法幢をかかげました。
また、光浄和上は画聖富岡鉄斎翁との機縁により、当時名物といえば歌劇しかなかった宝塚に、宗教と芸術文化を通じて多くの人々の心に平和と安らぎを与えたいという理念「宗美一体」に基づき、晩年の傑作を中心に鉄斎作品を収集し、これらを国の内外に紹介して、その人類愛と平和精神を世界に呼びかけました。

先代 第38世法主 光聰和上は当山にお詣りされる篤信深き皆様方にお立ち寄りいただくために「清邦文化会館」を昭和46年に建設いたしました。当山主催のもろもろの催し事の他、ひろく一般の方々による芸術文化・社会福祉等の集会に講堂や会議室を無料で開放しています。 また、昭和50年には鉄斎作品を永く後世に伝えるため、「鉄斎美術館」を建設して一般に公開し、その入館料は、宝塚市立中央図書館内に「聖光文庫」を設け、美術図書購入基金として宝塚市に全額寄付しています。

当代 第39世法主 光謙和上は先々代、先代両和上の理想と遺志を継承し、平成11年に鉄斎美術館に併設する「新収蔵庫」を、平成20年に長年の構想を経て「史料館」を建設いたしました。
「史料館」は清澄寺の歴史や行事をご紹介すると共に什物や所蔵品の企画展示も行い、歴史や文化に親しんでいただき、荒神信仰の布教の場として活用するものです。

当山は火の神、カマド(台所)の神としてあがめられ、また各種の現世利益を祈願されるご参詣の方で賑わい、創建以来、連綿と続く栄光千年の法燈は、一日も絶えることなく今日を迎え、「三宝三福」・「宗美一体」の精神を体し、開山草創の原点に立って日々努力を続けています。

各建立物の見所など、境内案内はこちら

清荒神清澄寺
兵庫県宝塚市米谷字清シ1番地
(阪急宝塚線清荒神駅下車)

【TEL】0797-86-6641
【FAX】0797-86-6660
お電話でのお問い合わせは、9時~17時の間にお願いします。

鉄斎美術館

【TEL】0797-84-9600
【FAX】0797-84-6699
お電話でのお問い合わせは、10時~16時の間にお願いします。

※おかけ間違えのないようご注意ください。